「怖いモノ、あると思うか?」


 それは唐突に発せられた。





 Dreadful thing





「命知らずだね」


 まずはボギーが素気無く返す。偉大なるネコ氏に敬意を表しながら――まあ要するにこたつにもぐりこんで、つまらなさそうに後を続ける。


「あの社長に? 一般的な恐怖とされるものはどれも外れてるね、きっと」


 同じくこたつにもぐりこんだキットが、


「あるって方が驚きよね」


 冷淡に返す。
 だが、その回答はお気に召さなかったらしい。ミスター・アンドロイド、或いは機械でハタチのロートルなどとボギーに称されることもあるアンディは、拳を振り上げ抗議の意を示した。


「何を言う。社長だって人の子だ、そういうものがあるに決まってる」
「まあ、自然脳だろうとニューロン・ドーム(つくりもの)だろうと、ヒトには変わりはないけど、ね」


 皮肉げに告げるボギー少年だが、濃紺のパジャマといういでたちは、なんというかそぐわない。それを言うなら、どてらを羽織ったアンディの姿も生活感に満ち満ちているのだが。


「あたしは驚かないわよ、社長が実は全身に対人兵器内蔵してようと、何体も代わりがいようと」


 途端、アンディとボギーの脳裏にそれぞれ想像したイメージが展開された。

 明るすぎて胡散臭い笑みの紳士が(もちろん彼らの社長だ)、その胡散臭いまでの爽やかな笑みはそのままに全身から糸を引くようなミサイルを発射している姿。
 或いは、同じく無意味なまでに明るい笑みをした中年の紳士がずらりと横一列に並んでいる姿。

 思い浮かべて彼ら二人は同時にげんなりする。どちらにせよ、夢見が悪くなりそうな光景には違いない。
 頭を振って、ボギーは手にしたニューズフロントの最新刊に目を落とす。彼はペーパーハードを「読む」という、なかなかに渋い趣味の持ち主なのだ。
 記事から目を離さぬまま、ボギーはアンディに言う。


「社長の弱みなんて、下手に突付かない方が賢明だと思うけどね」
「大体なんでそんなものを探ろうと思ったのよ」


 と、これはキットの言。二人に向けて、アンディは返す。


「まあなんていうか、好奇心、とゆーか」
「猫を殺すって言うけどね…………ああ、怖いモノ見たさ、ってやつか」
「うるせ」


 くすりと笑って言ったボギーに短く返し、アンディはこたつに足を突っ込んで横になる。


「ま、あの社長にそんなものが存在するって方が怖いよな」


 その言は全くその通りだったので、その場にいた二人は揃って大きく首を振った。



 が、後日。


「社長の怖いモノ? ああ、そういや前言ってたっけか」


 先日の遣り取りを苦笑交じりに言ってみたところ、思いもかけない言葉がゴシップの口から飛び出してきた。


「社長に? 怖いモノ?」


 目を丸くするボギーに、いささか意地の悪い笑みを浮かべて、ゴシップはある機関の名前を告げる。その名前は全く予想の範疇外なのだが、何故だがとても納得がいってしまう。


「いやほら、こないだのハーバーガイスの件でな。なんでもこの世で二番目に恐れるものらしいぜ?」
「確かに、社長なら怖いだろうな、これは」


 にやにやと笑うゴシップにつられて、ボギーの顔も苦笑を形作る。

 とはいえ、アンディの求めるようなものではないこの情報をさてどうしようかと、ボギーはゆっくりと考え始めた。



 A/Bエクストリームは燃え燃えなSFです。
 テンポの良い遣り取りも面白いですよ、ということで。
 社長の怖いモノに関しては本編を読んで確認してください。
 なんつーか、凄く納得した。


040920