そして、続く日々。
鏡の前で制服を正す。Gエルメス謹製のそれは、華やか過ぎず重々し過ぎず、見る者に不快感を与えず、けれど確実なサービスを保証する保証書のようなもの。
背筋をぴんと伸ばした姿には、これといって不備は見当たらない。
皺一つない制服、髪型はきちんと整えられて、寝癖などはもってのほか。不躾すぎない笑顔を顔にのぼらせ、頷き一つ。
調子は良好、準備は万端。
「よし」
そうして、コンラッド・ティエンはロッカールームを出て、彼の舞台へと足を向ける。
星系間豪華戦闘客船・カソリック。
全長一千メートル以上に及ぶ、地球系人類が初めて建造した豪華宇宙客船が、客室乗務員の彼の仕事場である。絢爛豪華の形容に相応しい内装のなかを、足音を立てずにコンラッドは進む。乗客の乗船前ではあるが、サービス業に長年携わる人間の習性のようなもので、コンラッドにはごく当たり前の所作だ。
客用のエントランスを通り過ぎざまに、彼はふと思いついて呟いた。
「今回もよろしくな、<マリア>」
噴水の方へと足を向けたコンラッドに、すぐさま答えが返ってくる。
<はい、こちらこそ。CA・ティエン>
CNSが震え、流暢な言葉が流れ出す。有人格コンピューターである<マリア>には学習機能がついている。こうやってコミュニケーションをはかるのもまた、<彼女>にとっては大切な学習の一課程だ。
この船に乗った当初に比べ、彼女の紡ぎ出す言葉は随分と語彙を増し、事務的でないやりとりも増えた。時折思い浮かぶもう一つの「彼女」の姿は、今では船内に見ることはない。<マリア>は<マリア>であって、それ以外の何者でもないのだ。
それは、誰も知らなくともこの船がコンラッドの友人の作った船だというのと、同じくらいの事実だ。
ぐるりと見回す視線の先の、豪奢な内装に陰はない。血塗られた歴史を知らない船は、けれど、ひとときの夢を見せる。踏み越えてきたものをそれと知らせず、平和で楽しい夢の時間を。
そして、それを手助けするのが彼らの仕事。
お客様は我侭だし、時として命の危険に晒されることも少なくない。けれど。
「雨が上がったからといって、すぐに晴れるわけじゃない。――けど、いつかは晴れる。だろ、ドクトル」
この船を作った友人がいつかに語った言葉を思い出す。
彼の夢であったこの船で、コンラッドは歩き出す。
船内が口うるさい同僚と騒がしい喧騒で満ちるのはもうすぐ。
ひとときの静寂に過去の思いを置いて、颯爽と彼は行く。
艱難辛苦に満ちた道でも、それでも続く明日へ。
書く書く言ってて、大分時間が経ってしまいましたが。
今更言うまでもなくマイナー街道まっしぐら。さすがマイナーサイトと銘打ってるだけありますな、自分。
そんなわけで『バトル・オブ・CA』最終巻発刊記念(遅れすぎ)でした。
当初の予定ではCA女性陣揃い踏み……のはずだったんですが。
まあ基本に立ち戻り、ドクトルの言葉から、ということで。
さて、次回作も期待しております。
040808