Dragon days,after-2-
頭上に広がるスクリーンに映るのは、人の波。
生命の息吹、或いは鼓動に応じるかのようにうねりを見せている。
「なんだか実感が湧かないな。お前が出てないせいかもな――」
自嘲混じりの科白は、街のざわめきにのまれて消えた。
カナリヤ色が視界一杯に広がる。その色は、貴士にとって懐かしさと胸の疼きの象徴。
一面の緑と白線とのコントラストに、目を細める。ライトアップされた舞台は確かに世界の最高峰には相応しい。
画面を通じて、奇妙な一体感に胸が高揚した。
ホイッスルの音高く、期待と緊張の空間を駆け抜ける。
試合が始まった。
いつまでも待っていると、彼はそう言った。
「お前まで立ち止まることはないだろう」
「なーに言ってんだ、この俺が立ち止まってるわけないだろ」
そうやって高らかに笑うその姿は、フィールド上と何ら変わりがない。そのことが貴士には不思議だった。
「2002年だぜ? 俺ら、その時にはばっちり代表になれる歳になってるしな」
「超天才FW小城竜裕の名を轟かせんだろ。聞き飽きた」
「俺ら」という言葉は敢えて無視して、貴士は揶揄するように言った。その言葉は、今の彼にはあまりにも荷が勝ち過ぎる。
「んなこと言って、今に俺のサイン貰っとかなかったことを後悔するぜー?」
「ああ、あのみみずがのたくったような字か」
「うるせ」
貴士がからかうと、竜裕は自覚があるのかそっぽを向いて黙り込んだ。
夏の陽射しの名残が、辺り一帯に漂っている。身体を取り巻く熱に、汗が吹き出てきた。周囲に轟く歓声や悲鳴は、彼にとってはあまり意味がない。それよりもまとわりつく熱の方が気になって仕方がない。
渦巻く熱気と高揚した身体。
スクリーン上で所狭しと駆け回るカナリヤ色。彼が白いシャツの下に着ているのも、同じ色のユニフォームだった。
「ったく、背番号9は点取り屋だぜ? 司令塔じゃないだろう」
スクリーンの中と外、双方で歓声と悲鳴があがった。カナリヤ色のユニフォームを着た選手が、ボールをゴールに押しこむ映像がスローで流れる。
ガッツポーズで腕を振り上げる黒人選手に、友人の姿が重なる。
そういえば、振り回した腕にぶつかって転んだ事があった。
思い出して、貴士は顔を無理矢理笑みの形にもっていった。多分、苦笑にしかなっていない事は自覚している。
「やっぱり、サインもらっとけばよかったな」
すでに外は夕闇に包まれている。
熱に火照った身体に、時折風が吹き抜けて体温を奪っていくが、まだ熱は下がりそうにない。
スクリーンを見上げて、声を張り上げて応援する観衆。
それはおそらくここだけではないだろう。
街角のどこででも繰り広げられているだろう、目の前の光景。
歴史的瞬間が目前に迫っている。
なんというか、一言で表すなら「不思議」といったところだ。
あの時からしてみれば、そう遠い未来の事ではない。時が止まる事など有り得ないのだから、たかが数年、すぐに過ぎ去ってここに相見えることそれ自体は不思議でもなんでもない。そう、たかが数年の話だ。
それでも、あの時には真剣に近くて遠い、正体の見えないなにものかを探るような話をしていた。
多分、あいつは彼のように手探りの状態ではなく、明確な未来が見えていたのだろう。
意志を継げるような器ではないけれど。
「悪いな、チケット買うほどの金はないんだ。
お前が出てたらベスト4ぐらいいってたかもな。なぁ――」
――なーに言ってんだ、優勝に決まってるだろ!?
いつか聞いた科白が頭の中に蘇る。
あれは確か都大会の勝敗を尋ねた時だったか。
自信に溢れた、呆れたような声音だ。
空間を切り裂いて、高らかに笛の音が鳴る。
試合終了だ。
周りであがる、ひときわ大きな歓声と悲鳴に包まれながら、貴士はスクリーンに背を向けた。
書きたいことはあるのに、うまく形になりません。
この話難しいよ…………。
W杯も終わって、私生活も一段落したので、書いてみたかった話を。
改めて読み返して、小城竜裕の科白に感動。
ああ、いい奴だなぁ、って感じです。羽井貴士はどっちかっつーと「いい男」ですが。
書きたいことの十分の一も書けてませんけど。
これもやっぱり、アイディアが沸いたら書き直ししたいです。
02/07/19 初書