遠い背中





 後悔は鈍く光る刃となって、胸を穿つ。
 それでも、間違いだとは思わない。
 ――間違いだったなんて、思わない。




 少し姿勢を変えようとするたびに、背中の辺りに水に濡れたいやな感触がまとわりついた。そんな些細なことを気に出来るぐらいだから、こうやって瑣末事を思い出してしまうのも仕方がないことなのだ。
 こんなときだから、なのかもしれないけれど。

「…………あー、最悪」

 自分の思考回路に悪態をつく。
 何も今、そんなことを考える必要はないものを。
 それでも考え出してしまったのだから仕方がない。髪の間から落ちてきた血が目に入らないように、首を少しだけ傾ける。
 痛みには耐性がある。今だって思考を止める抑止力にすらなっていない。それでも、血を失った分だけ思考能力は落ちているらしい。
 今しなければならないことはなんだ。

「分かってるっての…………」

 さすがに、すぐには動けない。
 だから、少しでも体力が回復する、それまでは。
 ――あの男のことを考えてしまっても、良い気がするのだ。


 他に最善の選択があったとは思わない。
 あのときはああするしかなかった――いや、ああすべきだったのだ。
 あの場にいた自分たちに、一番損害の少ない方法。それがその場で選び取れる最善の方法であり、結局それを選んだにすぎない。だから、それを後悔なんて出来ない。
 それでも、こうやって未練たらしく考えてしまうのはあの男がいけないのだ。
 こちらが少しでも生き延びる確率を増やせるだけの時間を稼ぐだけでかまわなかったのだ。それをあの男は。

「何が『倒してしまっても構わんのだろう?』、よ。出来ないことをよくもまあ、偉そうに言ってくれたものだわ」

 苦笑交じりに呟き、目を閉じる。
 あのとき、あの赤い背中は後に続く言葉を封じてしまった。
 言う筈だった言葉はもう思い出せない。

「アンタのせいで、勝ち残れなかったじゃない。まあ、わたしがセイバーを召喚できなかった時点で、結局負けは決まってたってことよね。……でも、」

 それでも、これだけは言っておかなければ。

「……悪くは、なかったわ」

 ――だから、間違いなんかじゃない。
 最後を飾れなかったのは残念だけれども、その役目は彼らにこそ相応しいのかもしれない。だから、この取り留めのない思考が終わったら、その役目を果たさなければ。




 結末を後悔する時はこの先必ず来る。
 それでも、選んだその選択は、決して間違いだとは思わない。
 だから胸の痛みも、遠い背中も、いつかはきっと、忘れないけれど忘れられる。




 カップリングというよかコンビ、むしろ主従関係共闘関係に燃えます赤主従。
 恋愛感情はあっても良いけど、悪態つく位がちょうど良い、という感じで。


 041107