最後まで、あのひとは私を見なかった。






 Epitaph






 真新しい石墓には花と、それから酒が供えてあった。酒を嗜む姿はあまり見たことがなかったけれども、確かにそちらの方が似つかわしい。
 魂どころかその亡骸さえここにはないというのに、あまりに「らしい」と、そう思うと口元が微かに緩んだ。

 刻まれた名を見つめる自分がいつになく穏やかな感情を宿しているのには気付いている。
 吹く風もそよぐ程度で、裾を揺らして過ぎていくだけ。
 気流渦巻く遥か上空の世界など素知らぬ顔で、蒼穹は穏やかな色を湛えている。そこに多くの命を、そして血を孕んでいるとは思えぬ蒼い空。


 あのとき、もし、歯車がどこかでずれていたら。
 砲撃命令を出すのが後十秒遅ければ、報告が五秒でも早ければ。

 ――そんなことは有り得ない、仮定に意味などなく、期待をしたところで叶うことがないことなど、とうに知っているのに考えずにはいられなかった。
 今まで何度「もし」と考えたか分からない、その度に詮無きことだと、どうしようもないことだと思い知らされたか分からない、それでもまだ、考えが止まらなかった。それと同じだ。



(そう、あのひとは一度も私を見ることはなかった)



 彼の目に映るのはたった一人の女性。
 それが自分になることはとうとうなかった。

 最期の瞬間でさえ、彼が零したのはたった一つの名前。

 聴音員の優しい嘘など直ぐに分かった。
 彼が本当に自分の名を呼ぶことなど有り得ないのだから。

 ただ、最後の声を聞きたかった。例えそれが自分の名でなくとも。最後に聞かされる言葉としてこれほど残酷なものはないだろうけれども。

 彼ら、有能で優しい乗組員たちはまだシルヴァーナに留まっている。幾つも道はあるというのに、離れることは出来ない。




「貴方の椅子は空けてあります――誰も、座れませんから」



 艦長と認めるべきはただ一人、誰しもが口にしないがその思いを抱えているのは明らかだった。
 そして、自分も。



 まだ新しく刻まれたばかりの墓碑銘は、触れると指に尖った感触を与える。アレックス・ロウ、その名前に指を押し当てる。



「シルヴァーナは艦長不在の艦になってしまいました。――けれど、他になれる人もいませんし、それが自然なのかもしれないですね」



 これは繰言だ。聞かせる相手もいない、ただ流されるだけの言葉。
 だからこそ、ソフィアはその先を続けた。



「私はずっと――」




 大いなる奔流に抱かれて眠る男へ、届かない言葉を解き放つ。




 「LASTEXILE」最終回記念、っつーことで。
 この二人には幸せになって欲しかったんですけどね……無理なのは分かってたんですが。
 書きたいことの十分の一も書けてませんが。


 030930