振り分けの問題
「どうするんですか?」
最初に口を開いたのはコスタビだった。悠然と去っていくアナトレー皇帝、すなわちシルヴァーナの副長を見送りながら、まずその一言が出た。こういうときに現実的な問題を提言するのはほぼ彼の役目であり、命じられるでもなくそれが自然になっている。
ギルド攻略の筆頭戦力、それがシルヴァーナであり、アナトレー皇帝が旗印である。だがそんな理屈は抜きに、今与えられた任務は彼らにとって重要な意味を持っていた。
「どうするって……何が?」
整備員で一番の若手のイーサンがコスタビに尋ね返す。否やもあろう筈がないのは彼とて充分承知しているだろうから、おそらくは質問の意図が読めなかったのだろう。
「ですから、それぞれ担当はどうするかってことですよ。竜の牙からグランドストリームまでは当然、ヴァンシップを引き継いで行くんでしょう? となると、我々も分散して整備に当たらなきゃならない、ってことですよ」
「あー! そっか、補給基地三つだもんなぁ。――って、俺たちだけで三分割?」
「ヴァンシップ自体のチェックは済んでるんだ、細かい調整なら一人で充分だろ」
ゲイルが返した答えにイーサンは了解とばかりに手を打った。
ギルド攻略にあわせて、ほぼ全機のメンテナンスは終了している。残っていたのはラヴィの整備していたものだけだが、それも先日中に全ての補修が終了していた。
「やっぱあれっすよね、グランドストリーム越えはラヴィのやってた奴で、ってことで」
「当たり前だ。そのために補強までしたんだからな」
何故か整備長のゴドウィンが胸を張る。いかつい印象のこの男はいつのまにか彼女の保護者のような心持ちになっていたらしく、彼女が整備を終えた時に一番喜んでいたのは彼だった。
「じゃ、ウォーカーの浮きドックはラヴィ機で、担当は?」
「俺が行く」
「クラウスとラヴィを見送るのは俺だ」
ゴドウィンとゲイルの同時発言に、コスタビが肩をすくめた。
「ま、最後の中継は念の為に二人、ということで。宜しいですね?」
「宜しいも何も。じゃ、俺は若輩者なんで最初の地点担当ってことで」
「――待ちなさい。勝手に決めないで下さいよ」
「えー、いいじゃんか、別に。適任だと思うけどなぁ」
「誰が適任なんですか!」
コスタビが声を荒げると同時に格納庫に二人の少女が準備を終えてやってきた。ひとりはパイロット、もう一人はナビだが今回はパイロットとして飛んでもらう事になる。
タチアナとアリスティアだった。
思わず声を潜めてコスタビが反論する。
「いいですか、第一地点はともかく、第二地点での引継ぎ担当はあの姫ですよ?」
「だから適任だろ? いつも姫の機体を整備してたわけだし」
「機体は担当でも本人は担当じゃありませんよ!」
必死の形相で反論するコスタビを宥めるように、ゴドウィンが声をかける。
「いいじゃねぇかコスタビ。お前、隊長に感謝されたそうじゃねぇか」
「感謝!? あの姫が!?」
さすがに声を落して、それでも驚愕を露にイーサンが呟いた。それだけ意外に思うのは、彼女のそれまでの態度を思えば不自然なことでもなかった。
「確か『ありがとう』って言われたんじゃなかったっけか?」
「鬼の霍乱って奴ですよ」
ゴドウィンの言葉に、コスタビは苦りきった顔で言うのが精一杯だった。それとこれとは話が違うのだ。
確かにイーサンよりは取り繕うのに長けているという点でも、コスタビの方が適任と言えるかもしれない。だがそれはあくまでも客観的な要素でしかない。
「どっちにしろいつも整備してもらってる方が本人もいいだろう。――そろそろ時間だ、準備しろ」
結局なし崩しにしてしまおうという腹積もりなのか、ゴドウィンはやや強引にその場を締めるとラヴィの機体の方へ向かっていく。それを機に、イーサンもそそくさとアリスティアの方へ向かって行った。ゲイルは既に主張を通しているせいか、余裕の足取りでその場を離れていく。
一人残されたコスタビは大きく息を吐いた。そして顔を上げたその先に、黙々と準備をするタチアナの姿を見てしまう。
「――ま、いいですけどね、別に」
任務に私情を挟むのは彼の論理からすれば大いに「有り」だったが、ここはひとつ、仕事と思って割り切るしかない。
――願わくば、鬼の霍乱が続いていますように。
メモ帳より再録。
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