薮蛇





「――惜しかったなァ、畜生」

「まだ言ってるの」



 首傾げ、片眼鏡の男が言う。

 答えるは、見事な彫の硯を眇めつ一人の職人。



「確かにあんたの腕は一級だ。そいつは俺も認めるところだがね。――しっかし、惜しい。生きた蟲を閉じ込めたモノなんざ、この世に他にあるものかね」

「あったら困るでしょう」



 素気無く言い返し、今度は硯を丹念に布に包む。



「ほら、新しいの」



 布ごと硯を寄越すと、彼女は嘆息した。

 改めて見回してみても、この屋敷は珍妙な物で溢れ返っている。
 目の前の主人の趣向を表しているのだが、――奇妙としか言い様のないような。



「――また増えたんじゃないの? 変な物に手を出すのは止めておきなさい。また何かあっても困るでしょう」

「蟲にゃあ罪はないよ。そこに生きるモノに対して俺らが勝手にどうこうするのは驕りってやつだ」



 片眼鏡の男はぼんやりと呟くように言った。

 その視線が捉えるのは中空、何もない。



「……………………ということは、また蟲に関する何かを買ったと、――そういうこと」

「あ」




 物言わぬ群れは、ただそこに在るだけ。




 再録。命知らずだな自分……!
 ということで『蟲師』より化野先生とたがねさん。
 たがねさん、何気にツッコミ属性っぽいですよね。


 030102/030707