※最終巻ネタばれです。未読の方はご注意。







































 Dear my partner





 聖魔杯の終了を祝う宴は、日付が変わる頃にようやくお開きとなった。
 もちろんその場にいた誰しもが、その名目が文字通り名目上のものでしかないことを知っている。だから、宴の終了と共に、新たなる聖魔王となった元勇者と精霊の二人よりも、ただ一人の男に声を掛け、そして去っていく者が大半を占めた。
 やがては彼らも姿を消し、残された男の隣にはやはり一人の少女が残る。
「はぁ〜〜っ。終わっちゃいましたね、ますたー」
 宴の名残はなくなりつつある。パーティー会場の本格的な撤去作業は朝になってからだろうが、それでも飲食物など放置しては問題のあるものについて、エリーゼ興業と魔殺商会の社員たちが片付けに入っている。
 そして何より、ウィル子が言いたいのはきっと。
「……ああ。そう、だな」
 聖魔杯という、舞台が。
 川村ヒデオが演じた演目そのものが全て、終わったのだ。
「マスターはこの後、どうするんですか?」
 ウィル子の言葉にヒデオはしばし考える素振りを見せた。
「とりあえず。……アパートに戻ろうかと」
「そういうことではなくてですね」
 ウィル子の言った言葉の意味は分かっていた。が、何となくどう答えたものか迷い、望んでいるだろうものとは別の言葉を口にした。
 そんなものは時間稼ぎでしかないというのも、分かってはいるのだが。
「……君は、天界に行くと聞いたのだが」
 結局、うまい言葉などすぐに思いつくはずもなく、ヒデオはかわりにマリアクレセルから聞いた情報を口にする。
 ウィル子の聞きたいことには答えられていなかったが、それでも彼女はにぱっと笑ってくれた。
「そうなのですよ! ウィル子は電子世界を統べる神として、天界でもブイブイ言わせてくるのですよ〜!」
 出会ったときから変わらない笑顔に、ヒデオは少しだけ顔を緩めた。
 もっとも、そんなことで凶悪な目つきが優しげになったりは、もちろん、しないのだが。
 それでも、ウィル子には伝わったのが分かる。それで充分だ。
「僕は、……元の生活に、戻ろうと」
 演目は終わった。だから、あとは元に戻るだけだ。
 とはいえ、二ヶ月前の状態そのままに戻るわけではない。決して。
「……一人でないのならば、挫けることも、ないのだから」
 それに。ヒデオは考えた。
 よく言う言葉ではあるが。
「死ぬ気になれば、何でもできると」
 むしろ一度死んだのだから、もはや怖いものなしだ。
 だが、深く考えずに発した言葉に、ウィル子がばっと顔をあげた。
 ヒデオを見上げる表情は先ほどまでの笑みが消え失せている。
「……ウィル子?」
「マスター。ウィル子は……ウィル子は神になったのですよ」
「?」
 それは分かっている。
 ウィル子の言いたいことを読むことが出来ず、けれども口を挟むことも憚られ。
 ヒデオはただ、ウィル子を見下ろした。
「ウィル子はウィルスですけど、でもっ、神になったからにはマスターに加護を与えることも出来ますっ! だから……だからっ、もうマスターには無茶なんてさせないのですよっ!」
「ウィル子……」
「いくらマスターが望んでも、そんなのはウィル子が許さないのですよっ!」
 それは、スタジアムで目を覚ました時にも聞いた。
 そして。
「ウィル子はっ、マスターが無事ならそれでいいんです……っ!」
 それも、すでに聞いていた言葉だ。スタジアムで、アーチェスと対峙していたときに。
 でも、あのときのように、つらくはない。
「……ありがとう。ウィル子」
 ぽんとその頭に手を置いて、ヒデオは穏やかに告げる。
「君が、神になる為の糧となれたことを。君の贄となれたことを。僕は、嬉しく思う」
「ますたぁ〜、ウィル子はそんなのは――」
 言いかけるウィル子の言葉の最中、首を横に振ってみせる。
「僕の、全存在が意味のあるものだったと、……君が、証明してくれたのだから」
 未来視の魔眼、そんなものがなくとも、一人の精霊を神へと導く手助けが出来た。
 自分には過ぎた役目を、担うことが出来た。
「だから、……僕も、少しは相応しくあれるよう、前を向いて生きていこうと……、そう思う」
 気の利いた言葉など、やはりすぐに出てくるものではない。
 それでもヒデオの言葉に、ウィル子が目を見開いて――飛びつき、縋り付いた。
 もう揺らぐことのない体を受け止めて、その頭を撫でてやると彼女は嬉しそうに言い放つ。
「それでこそ、マイ・マスターなのですよっ!」
 ――ああ、そうだ。何よりも。
 おぼろげに覚えている。彼女の糧と成りゆく最中のことを。
 泣きながら、それでも彼の望み通りにその存在を食らいつくし、そして神となった彼女のことを。
 彼の望みを叶えてくれた彼女に感謝しながら、同時に申し訳なく思ったことを。
 ――パートナー一人に笑顔を与えてやれずに、何がグランドフィナーレだ。
「……ああ。ありがとう。ウィル子」
 誰もが笑っていられる、本当のハッピーエンドへと辿りつかせてくれて。
 言葉にはしなかったけれど、それでも伝わっているのが分かっている。
 それで、充分だった。

「ところでマスター」
「……何か」
「マスターの住んでいたアパート、大家さんはアルハザンの一員だったのですよー? マスターが監禁された時点で引き払われているのではないかと」
「……」
「…………」
「…………そういえば。そのようなことも、言っていた、ような」
「これから、どうするのですか?」
「…………まあ。死ぬ気になれば、どうにか、なるのではないかと。………………多分」




 戦闘城塞マスラヲ完結記念。
 ウィル子可愛いよウィル子。


 090103