宴の端




 四方を山に囲まれた盆地の京は、冬の冷え込みが厳しく、夏の暑さは耐え難い程だ。
 だからこそ、四季のうちでも過ごしやすい春と秋には、その時間のひとひらまでも惜しむように様々な過ごし方が考え出された。
 七分、八分の開花を誇る鴨川の向こう、賀茂御祖神社に集まった面々も、そうした過ぎ行く春を殊更惜しむかのように桜を愛で、春を楽しんでいた。

 張られた宴には賀茂一族をはじめとして、陰陽寮の面々。
 更に様々な伝から集まった、凡そ五、六十人。
 静かに、或いは騒々しく酒の潰し合いに興じ、歓談の輪があちらこちらに出来ていた。
 使鬼神の少女の座る桜が良く見える場所。
 少年が物言わず、ただ笑って目の前の狩衣姿の童を見つめる。
 風に運ばれた花弁がひとひら、舞い降りる。
 人懐こい笑みを浮かべる少年が、先に口を開いた。


「暖かくなったね」
「ああ」

 素っ気ない童の言葉にも、笑みを絶やさず少年は続けた。

「桜、綺麗だね」
「ああ」
「伯家の桜はもう咲いた?」
「覚えていたのか」
「まあね」


 傍らに立つ無愛想な佐伯の少女に話し掛ける安倍の少年は、少女の常がそうであるように、いつも笑みを絶やさぬように見える。


「――傷は治ったのか?」
「ああ、うん。もうほとんど。僕は大した怪我もしてないからね」

「吉平」
「なに?」

 屈託のない様子は変わらない。
 佐伯貴年は初対面の様子を脳裏に思い出しながら続けた。


「何故いつも笑っているのか、そう訊いた事があったな」
「うん」
「姫様は、私の好きなようにしろ、と」


 俯いた姿勢に、表情は読み取れない。


「だがどうしろと言うのだ? 私は佐伯、伯家を補佐するのが存在を許された唯一の意義だ」


 以前のような、淡々とした理由説明ではなく、なにか違うような気がした。

 安倍吉平は貴年の手を取り、言った。


「少しだけ、おかしいと思ったんだけど。僕にはよく分からないけど、きっと貴年はもっと笑っていいんだと思うよ。
時継さんが言うように、自分が好きな事をしていいんだよ」

「好きな事?」


 取られた手を驚いたように見つめていたが、その言葉に顔を上げて尋ね返す。


「やりたい事とか、やってみたい事とか、あんまり我慢しなくていいんだよ」
「我慢など、していない」
「そうかな? でも、時継さんが言いたいのって、もっと貴年に笑って欲しいんだと僕は思うんだけど。
僕は――僕も、貴年には笑ってもらいたいしね」

 最初に柔さを覚えたその手を離し、頂上に立つ一本桜を見上げる。

「きっと、笑っていられた方が楽しいよ」
「笑えるものなら、な」
「うん。だから、色々とやってみていいんだと思うよ」

 やはり最初から変わらぬ笑みを浮かべて。


「無理は、しなくていいんだよ」


 あの時と、同じ事を言った。


 とりあえず、今は家の事を忘れてみようか。


 外は春。
 静かな風が桜を揺らす。
 あの時よりも大分暖かくなった日差しに目を細める。
 足取りも軽く、はらりと風に吹かれる花弁を追う。



 ところで、宴席の端では吉平の父、晴明があらぬ心配をしていたのだが、二人にとっては知る由もない。




 ついに手を出しちまいました。
 アップするのを非常に迷ったんですが、まあいいやと。
 続編が出るんですが、その前に書いてしまえばまあ苦情は来ないかな。
 そういう打算もありまして。

 晴明さんは邪推してましたが、とりあえずは友情もので。
 衆道なんてもってのほかですよ。
 今回いつもと表記を変えたのは読みにくかったからです。

 02/02/04 初書