和与の顛末






 目の前には、容も美しく笑みを浮かべる白拍子。
 対して、さして困った様子は見せてはいないものの、実は内心、心底困り切っている糸目の青年。
 身分も片や貴族の姫君、片や下級の役人。


 からりと晴れ渡った初夏の空に、前日の雷雨の影はない。
 地の泥濘だけがその痕跡を語っているが、力を取り戻した陽光の照りが跡形もなく消し去ってしまうのに、そう時間はかからないだろう。

 保胤は、市の様子を思い浮かべて密かに息を吐いた。
 もう一度訪ねてみるつもりであるが、この分だと明日には市も立てられそうである。



 安堵の息であるが、さりとて万事息災というわけではない。

 昨夜の雷雨と例の騒ぎで、幾らか被害が出ているはずだった。
 人命に関わることはそうないとは思うが、川の増水や、地の泥濘などはその一端と言える。
 だがそんなことはどうでもいい。いや、よくはないが。




 問題は、目の前のたった一つだけである。




 にっこりと、艶やかとさえ評せる笑みを浮かべて、時継は返事を待っていた。
 貴族の姫君にあるまじき奇矯な振る舞いだが、知ったことではない。
 全く以って邪気の一つもなく――保胤は額に手を当て、頭を抱え込みたい気分になった。



 世の中には、確信犯という者が存在する。
 全てを理解した上で、何か不都合のあることを行う輩である。
 実に困ったことである。性質が悪い。


 が、確信犯よりも性質の悪い者が、世には存在するのである。




「あのですね、時継」
「なんだ」


 期待に満ち満ちた瞳を向けて、時継は返答をした。その様子はまるで新しい見世物を待つときの童である。
 自分の考えに相違がないことに、保胤は嬉しくも何ともなかった。


「貴年君は何処にいったんです?」
「ああ、あれか」

 時継は可笑しそうな様子を隠しもせず、晴明宅の厨の方角に目を転じた。

「梨花殿たちに挨拶をしに行っておる。主を置いて行ったぞ」
「あの貴年君が、ですか?」

 鷹揚に頷く時継に、保胤は首を傾げた。

 あの忠義の固まりのような少年道士がそのような振る舞いをするとは、どうにも解せない。

「先に行かせたんですか?」
「否、自ら申し出てな。おかげでこうしてゆっくりと話が出来る」
「はあ」


 ますます分からない。

 主がこちらへ真っ直ぐ来たのだから、先にこの家の者に挨拶してから来るというのだろうか。
 だとすると、そろそろこちらへ現れても良い頃合なのだが、そのような気配は全くない。
 となると、助け舟もまた期待出来ないということなのだが――





 一方その頃、安倍家の厨。


「あ、貴年君、これはこちらにお願いね」
「は、はい。ではこれはこちらで――」
「あら、ありがとう」


 鷹晃が様子見に参じた厨では、晴明の妻、梨花と、時継の従者の貴年が夕餉の支度にとりかかっていた。


「あら、鷹晃さん」

 いち早く気付いた梨花が、声を掛けてきた。

「何かお手伝いすることはありませんか?」
「いえ、もう少しで出来ますので、待っていて下さいな」


 にっこりと答える梨花の横では、何故か貴年が身を固くして立っていた。

 極度の緊張のせいであるが、鷹晃はついと首を傾げただけだった。





「何をそんなに嫌がることがある? たかだか寝起きの場所くらい、あの庵にとてあろうに」
「いや、だからですね、そういうことではなく――」
「どういうことだというのだ?」


 道義を解さぬ童の笑みほど、性質の悪いものはない。


 保胤は心底、そう思った。

 夕暮れの匂いに混じって、夕餉の匂いがした。




 そろそろ梨花がこちらへ声をかけに来るが、果たして助け舟になるのかどうか。

 保胤の困窮が解決されるかどうかは、柚子の精にも解らぬことである。




 何が書きたいってそりゃあ嫁と姑の家事風景<おい
 さてはて同棲問題はどうなることやら<果てしなく違う

 ついでにおまけ。馬鹿話です。収集ついてません。

 02/06/04 初書