夢か現か、幻か。





 対の記憶





 いつもならば薄く、漆黒の闇に白を混ぜるような光が、今日はない。
 少々五月蝿い星の瞬きすら、鳴りを潜めているような感さえある。


 新月であった。


 弓張月がその姿を消して久しい。
 かわりに脳裏に浮かんだのは、薄緋い満月。

 記憶を手繰れば、それは確かに見たことのある光景。
 だが、それは何時のことであったか。






 寝所の格子戸を上げ、貴年は墨夜を見上げた。
 暗い空だが、思い浮かべるのは薄く染まった闇だった。

 朱墨をごく薄くひいたような、緋い光が目に走る。

 何時の出来事か判然としないながらも、記憶が再生される。
 そしてそれが伴うのは、懐かしさと、温かさ。







 からりからから――


 何処からか奇妙な音が聞こえてくるが、音の出所は分からない。


「――大丈夫?」


 少年の、不安げな声が降ってくる。
 そこで初めて少女は俯いていたことに気付く。

 はっとして声の方向に振り向くと、吃驚したような、目を見開いた少年の顔。
 だがすぐに破顔する。


「よかった。突然泣き出したから、どこか悪いのかと思った」
「泣く――?」


 少年の言葉に、頬に手をやれば、確かに濡れている。
 慌てて拭い、顔を上げる。

「なんでもない」
「そう? それならいいけど」

 少年の声はどこまでも明るい。
 少女はひどく安堵を覚えた。
 暗闇の中で、そこだけ光明を見つけた時のように、心の底からじわりと温かいものが広がる。



「よく分からないけど――、こうして手を繋いでおけばはぐれないよ。一人でいるよりも心強いしね」


 からりからから――


 乾いた音が、吹き抜ける風に運ばれてくる。



 虫の気配すらない、幻影を思わせる空間に、繋いだ手の暖かさはひどく心地良かった。





 人には『意』と『志』があるという。
 『志』で模られた『意』こそが人の本来の姿を映すというのならば。






 闇に慣れた目には、星の明りで充分だった。
 貴年は自身の手の平をじっと見つめた。

 微かに残る記憶と、手に宿る温もり。

 判然としないながらも、実感はあった。
 恐らくは――






 空を見上げると、闇夜が広がっていた。
 竹薮がつくる闇と、どちらが暗いのだろうか。
 そんなことを思いながら、吉平は半蔀を下げた。



 辺りは虫の音も聞こえぬ閑静な闇に支配され――




 静まり返った夜は、全ての記憶を孕んで更けていく。




 ――なんか違う。
 っていうか何ですかこれは。筋が無いよ話の!

 一応800HITリクエスト作品なんですが…………。
 こんなんでよろしければお受け取り下さい八神憂伽さん。

 フォロー。
 『意志』の話はその道に通じている方なら分かるかなとは思うんですが、
 概念的には『魂魄』と似たところがあるので使いました。
 要するに外側がない分、本心が出易いとかそういった感じで。
 わざわざ書かんでも分かるように書ければいいんですがねー……。


 02/06/11 初書