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 歪世




 さわりさわりと葉が揺れる。風纏い吹かれるままに、はらりひらりと舞い落ちる。
 虚ろなる眸は何も映さず、ただ傾いだ首に逆らうこともせずに空を捉える。




 嗚呼、と声がした。



 体内巡る血脈の音すら聞え、衣擦れすら耳朶を打つ。それらは渦巻く奔流となり脳裏に流れ込む。最早一つの音が判別し難いまでに融け合い、混ざり合って苛むように身を包む。

 そのなかで、嗚呼、と声がした。


 呻きとも嗚咽ともつかぬ、しかし苦悶の声。

 ――引きずるように腕を上げ、掌を耳に押し当てた。
 途端、低く地の底から響くような音の世界に放り出される。轟音の如く命の音が体内を巡り、きつく押し当てた掌から耳へと流れ込む。


 それでも、そこに聞えるは苦悶の声――


 苦痛と憤怒に満ちた、凄絶な気配。


 力を失った腕が地に落ちる。
 断絶した世界からは解放されるが――

 今度は衆生の呻きが身を苛む。いや、耳朶を打つのは微かな物音だけだが、音をも越えて身を苛むは、これが衆生の嗚咽でなければなんとする。


 そしてまた、掠れた声がした。


 何も映さぬ眸には、焦点を失いかけた凄惨な眼が浮かぶ。憎悪の視線を以って、虚ろなる眸を射抜く。

 ――さやけき星々の瞬きすら映らぬ眸に、中天を過ぎた月が映った。
 円さを欠いたその姿を闇に晒す月に、いくつもの影が模様を描いている。まるで眼窩に闇を抱える髑髏のようだ。


 闇夜に浮かぶ髑髏――

 この世の地獄を表しているようではないか。
 その口から虚ろな声が洩れた。それは次第に嘲るような嗤いとなる。


 嗚呼――


 凄絶な、憎悪に満ちたその声は自らの口から聞えた。

 千早は理解した。
 現世こそが地獄なれば、そこに生き、人を食らうは鬼以外の何であるか。
 歪んだ世には、鬼が蔓延り、衆生を苛む。

 ――なればこそ、この身を鬼とやつすは決して間違ったことではないではないか。この、現世こそが歪んでいるのだ。


 千早はその眸を閉じた。
 名も知らぬ男の、最期の表情がその脳裏に浮かぶ。
 焦点を失い、見開かれた眼が今でも千早を射抜く。


 そして、千早は中空を見据えた。


 その姿は件の外法師の最期と酷似していたが、千早がそれに思い至ることはなかった。





 2222HITありがとうございます、ということでリクエスト作品です。
 一向に目出度くない内容です。

 さすがに千早さんで笑いを取る勇気もなければ笑いを取れる筆力もないんですが、それにしても暗過ぎ。
 なんか知らんけどダークです。暗いです。
 精神状態は結構安定してると思ってるんですが。
 切羽詰った状況ゆえでしょうか。

 只管暗いですが、宜しければかんすずめさん、お受け取り下さい。


 02/09/28 初書