夙夜






 とうに日の沈んだ空には、鈍色の雲がどこまでも広がっているのだろう。
 月の光も、星の瞬きも降りて来ない夜に、見上げた空は常よりも暗いように思う。




「――冷えてきたし、今日辺り降るかもね、雪」




 ぽつりと、時折吹き抜ける風の音よりも小さく、吉平は呟いた。
 隣にいる少女には聞こえる程度の小さな声。
 受け取った彼女は、同じように天を仰いだ。




「静かだな」
「そうだね」
「雪が降れば――これよりも静かになるのだろうな」
「静寂の音が聞こえるって、先生は言ってたけどね。僕も、それはなんとなく分かる」




 見上げる首が痛くなってきた頃、少女が空へと息を吐く。




「音がかき消されれば、声もかき消されるのだろうか」




 吐息混じりに、囁くような声は零れ落ちて消えるまでに拾い上げなければ、耳には届かない。




「じゃあ、雪が降ったら、大きな声で話せばいいよ。雪が吸収しきれないぐらい大きな声なら大丈夫」
「――そういう意味で言ったわけでは…………」




 少女の困惑を余所に、ひたすら柔和な少年の前に、一羽のひよどりが舞い降りる。
 しばしの沈黙の後、彼は苦笑して言った。




「どうやらもう少しここにいた方がいいみたいだよ。寒いけど」
「構わん。もう慣れた」
「そう? じゃあ、ここで雪が降るのを待とうか。多分、もうすぐじゃないかな」




 白い息を吐きながら、彼は少女に向かって笑いかける。
 そして、二人で天を仰いだ。




 再録。
 思い切り季節外れですが、書いたのはクリスマスでした。今気付いた。


 021225/030707