眼下に広がる夜景は、しかし彼には見えていなかった。
閉ざされた瞼の奥にも、光を感知する感覚は残されていない。
「――辛いなぁ」
見えていないが、「視」えてはいる。
しかも捉えていたのは、自分の記憶。
神群、虹の屍・オルタフの影響――
神群の名前までは分からなくとも、真名井誠二にはその影響する力の質がなんとなく読めていた。
自身も神群の影響を強く受ける身だからかもしれないが、それはこの際どうでもよかった。
呟きは意識に内包されて、外に出ることはないのだろうが――それでも、内情を吐露したくなることはある。
「ほんと――いつも勝手だよな、兄貴は…………」
先程までの記憶の再生はいつのまにか止んでいる。
記憶のなかで、誠二はいつまでもその場所に立っていた。
真名井の本社ビルから見下ろす光景は、360度の視界で展開されている。神群、パナンゾロンがもたらす影響のためだ。
神群の影響は、一概に良いとも悪いとも言い切れない性質のものが多い。
誰彼の区別なく力を与えてしまうということは、人が容易に人でなくなるということも意味しているのかもしれなかった。
それでも、彼自身はその力を持ったことをそれほど呪ったりなどはしなかった。
ただ、その影響を恨まなかったと言えば嘘になる。
或いは神群がこの世に来ることがなければ、これほどまでに苦悩することがなかったかもしれないのだから。
「命を軽く見る、か――」
言われたのは時間にすればほんの数時間前のことだが、積年の思考が納得するような、奇妙な感覚がある。
パナンゾロンの異能者は、生への執着が少ない――
「確かにそうかも知れないけど…………兄貴は何の能力もなかったじゃないか」
誠二の兄、紳士が神群を巡るいざこざのなかで命を落としたのは、つい何時間か前のことだ。
誠二と違い、紳士に異能はなかった。
呟きが次第にその質を変化させているのは百も承知で、誠二は言葉を吐き出し続ける。
「立派だよ確かに。そりゃ兄貴は本望だろうけど、――こっちのことも考えてくださいよまったく…………」
記憶による再生――とは言い切れないが、少なくとも彼の肉体が実際にある場所は、ここではない。
言うなれば意識だけで行動している状態、つまりは夢に近いのだろう。
吐き出した言葉は誰にも聞かれずに消えていく。
恐らく自分の記憶すらも残らない。
「人のことは言えませんけどね、自分の命より他人を優先するっていうのは。――これでうまくやってなかったら怒りますよ、ほんとに……………………」
無理矢理にでも顔を笑みの形にもっていく。
そうしなければ、努力が無駄になりそうだった。
――言葉は、涙の代わりを果たしてくれるだろうか。
多分、意識が解放されるまではもう少し。
「百年画廊」より。
オルタフの影響による記憶の再生が起こった時、誠二の場面の最後の一文が印象に残ってます。
彼の性格がよく分かるなぁ、と。
勝手な解釈は二次創作の常です(きっぱり)。
02/11/10 初書