周囲に満ちる朝の気配のなかを、低く唸りながら切り裂くように車が走る。
夜が明けてからかなり経つが、さほどの眠気はない。
「――道なら分かりますんで、少し眠ったらどうですか?」
運転席に座った盲目の青年が、振り向きもせず言ってくる。しかし柔和な雰囲気をまとっているその青年も、夜通し車を走らせていたはずだ。
「すみません、真名井さんも疲れているんじゃないですか?」
「いやいや、僕は慣れてるんで、こういうことは」
バックミラー越しの表情には、少なくとも疲れた様子は見えない。
それにしても、先ほどまで彼らのいた幽禅寺までは決して短い距離ではない。
「誠二くんなら大丈夫だって。それよりも真砂は一回やりあってるんだから、治療のためにも眠っときなさい!」
前方から、銀髪の少女が口を挟んだ。
助手席に座ったフローラが、こちらは身体ごと後ろを向いて、眉をつり上げている。
「ぼくは平気。なんていうか、あまり眠くないし」
「それにしたって、あんま寝てないんでしょ?」
「そりゃそうだけど。でも、何かしらの任務についてるときは、もっとひどい状況だってあったわけだし、特に今は辛い状況でもなんでもないよ」
殊更に強調するでもなく、淡々と真砂が言うと、ようやくフローラも納得したようだった。つりあげた眉を戻し、しかし身体はこちらを向いたままで、
「分かったけど、あんま無茶はしないように。由姫を助ける前に、真砂に倒れられちゃ本末転倒もいいとこよ?」
「分かってるって。でもぼくよりも榊先生の方が疲れてるはずだから」
「同感だな。フローラ、もう少し静かにしておけ。榊先生が起きる」
後部座席中央に陣取った娘が静かに言い放った。
愛想の欠片もないが、それはいつものことだ。
「はいはい、分かってます。――んもう、白は真砂に甘いんだから」
拗ねたようなその声に、思わず真砂は状況を忘れて笑みを零していた。
「どうした、真砂」
「ん、いや。やっぱ、変わってないもんだな、って思ってさ」
白の問いに、言葉を選びつつ真砂は答える。
「もう十年、――十年って長いけど、人の本質を変えることは出来ないんだなって言うか…………」
「当たり前だ。真砂だってちっとも変わっていない。それなのに私達にだけ変われと言うのは虫が良過ぎる話だ」
「そういうこと。…………そういや、由姫も変わってなかった?」
フローラが先ほどよりも幾分声を落として――それでも嬉々として尋ねてきた。
「うーん。そういえばそうかな。――ああ、何かあるとアラクナの力に頼るところは変わってなかったな」
「あの子、昔っからそうだったよね」
「仕方ない。それが由姫の能力だ」
ようやく身体を前方へと戻して、フローラが呟くように言う。
「助けなくっちゃね。私達、まだ由姫に会ってないもの」
それには頷きを返すに留めて、真砂は車外へと視線を転じた。
朝靄は既に晴れて、山道から国道へと車の走る道は変わっている。
「――この調子なら、昼過ぎには紅街に着きますよ」
のんびりとした声が運転席から発せられた。
「おっけー、誠二くん、この調子で頼むわよ」
「はいはい、分かってますって」
おどけた様子なのは、彼の地の性格なのだろう。
この行程はあまり芳しくない結果だったが、彼らのおかげでなんとか気持ちの切り替えは出来ている。
――あとは、彼女を助けるために動くだけだ。
車は朝の空気を裂いて、走って行く。
メモ帳にアップしたものの再録。
五巻より。
02/12/05 初書