七堂伽藍八重桜






 山間には低地より少し遅れて春が到達していた。

 吹く風の冷たさは疾うに消え去り、心地よい日差しが僅かな平地に届く頃には、視覚的にも来訪者の存在は明らかなるものとしてあった。



 桜の見頃は七、八分咲き――

 だが、視界いっぱいに広がる白い層というのも悪くない。

 頭上に広がる青を塗り潰すかのごとく、枝葉を広げ、花をつけた桜の大樹。

 人気のない朝の境内に、青年が一人、呆けたように白を眺めていた。





 ざわり、と枝葉を駆け抜ける風が存在を示すように音を鳴らす。

 その音に、青年がぎくりと首をすくめた。

 柔らかく体を撫で行く風は、どこか温かいものを孕んでいる。

 春がきたのだ。




 作務衣姿の青年の上で、一際大きく枝葉がうねる。

 ――懐かしい声が聞こえたような気がした。





 そして、彼を呼ぶ声がもうすぐきこえてくる。




 再録。
 てゆーか、短ッ!
 寄生月甲院編完結記念第一弾でした。


 030207/030707