午後のお茶会 不幸篇
雑誌に紹介されるような人気の喫茶店といえども、平日の午前中ともなれば店内に人影は疎らだ。そんな静かな店の中に、手作りケーキが評判の店らしからぬ一団がいる。
「――え。それじゃあ真名井さん、もしかしてアレを食べたんですか?」
「アレって……。いやそんな隠語的な表現しなくても」
「ただの指示語ですよ。――じゃなくてですね」
まだ十代と思しき少年と、彼よりはやや年が上と思われる青年の取り合わせ。少年の方は、初夏に差し掛かる頃だというのに手袋をしているのが特異と言えば特異だった。対する青年には一見してごく普通の柔和そうな印象しかない。だが、よくよく見れば、彼は一度たりとてその瞼を開けていなかった。
そしてもう一人は、怜悧な印象の強い娘。面白がるような表情で、二人の会話に口を挟む。
「それはそれは。真名井氏もとんだ災難だったな」
この娘もやはり、というべきか、額に蒼い石のようなものを張り付かせているのが尋常でないといえばそうだった。
この場に居合わせたのは偶然だったが、お互い浅からぬ縁ではある。
加えてこの「点心華心」は、友人の家とも言うべき場所だった。すっかり馴染み深くなっている店でもある。
「笑い事じゃないだろ、白。全くフローラは何やってるんだか――いや、面白がってたんだろうな、きっと」
十年来の友人の気質を思えば、それが外れていないことなど容易に想像できる。ため息をつき、少年――乾真砂はカウンターの奥を振り返った。
「まあそう言うな。真名井氏には悪いが、タイミングを間違えば真砂も実験台になっていたかもしれないぞ?」
「それは白も同じことだろ……」
「それもそうだな」
しれっと言う白を軽く睨みつけてから、真砂は再び息を吐く。
まったく、平和なことだ。こうやって軽口が叩けるというのはいいことなのだろう。ここに至るまでの紆余曲折を思えば、他愛もない災難など逆に幸福の証になるというものだ。
とはいえ。
「だからって、真名井さんを巻き込むことはないだろ」
真砂が言うのと同時に、鈴を転がすような声が降ってきた。
「だって、味見してくれるって言ったんだもん」
「フローラ」
振り仰ぐよりも早く、白がその名前を呼んだ。
コーヒーを入れた耐熱容器を片手に、メイド服姿の彼女は手を腰に当てて反論する。
「言っときますけどね、誠二くんの了解は取ってあるんだからね。ちゃんと言ったわよ? 今作ってるケーキの味見をしてくれる、って」
「いやまあ、味見をしてくれとは頼まれましたけどね」
妙に歯切れの悪い誠二の言葉に引っ掛かりを覚えて、真砂はフローラを睨みつけた。
「フローラ」
低く名前を呼ばれ、彼女はぎくりと身をすくめた。
その仕種が紛れもない肯定だった。
「騙したな?」
「ちょっ、人聞きの悪いこと言わないでよ! そりゃあ誰が作ったかは言わなかったけど」
「それを騙すって言うんだ。まったく……」
「何よ、だったら真砂が食べてみる!? 言っとくけど、ファウナの腕は凄いわよ!?」
「自慢するな」
喧喧囂囂とやかましい友人達に呆れ返る白がふと横を見る。そこには、誠二が柔和な笑みを浮かべて二人の遣り取りを眺めていた。
「羨ましいか、真名井氏」
「そうですね」
素直に返ってきた返答におや、と白は思う。
「なんていうか、ああやって十年経っても変わらない関係っていうのはいいなあ、そう思いますよ」
いかにも人の良さそうな表情で呟くように彼は言った。
まるで兄弟喧嘩のような様相を呈してきた二人に目をやって、白は頷いた。
「確かに、今の結果は重畳だな。――では、現状維持の努力をするか」
「え?」
白の呟きに誠二は不穏なものを感じたが、もう遅い。
「フローラ。真名井氏は引き続き味見役を買って出てくれるそうだ」
「ええ!?」
悲鳴じみた抗議の声は当然――哀しいかな、当然のように無視された。
「真砂達が羨ましいのだろう?」
「いや、それは友人関係であって、決して味見役というわけでは――!」
「良かったな、真砂。不肖の妹達にも良い友人がいるということだ」
「白…………」
こちらの抗議の意思も、同じく無視された。フローラもそうだが、白は逆らうと怖い。それを言うなら女性陣のほとんどがそうだった。フローラと白が手を組む以上、真砂がそれに逆らえる筈がない。
「ほーら! 誠二くんは進んで味見してくれてるんだから、真砂は黙ってて!」
色々と解釈を捻じ曲げた言に、真砂は反論すら許されない。
にやりと笑って、白が言う。
「なに、命に関わりはしないだろうからな、神群相手に戦うよりはよほど気安いだろう?」
「友人の姉」のその言葉に男性陣が許されたのは、色々な言葉を冷めたコーヒーで腹の中に流し込むだけだった。
全国一万人の誠二さんファンの方すみません。
なんというか、彼には貧乏籤がよく似合う気がします。
うーん、五月少年のようだ。
040920